新潟家庭裁判所長岡支部 昭和43年(家)2981号 審判 1969年3月24日
申立人 松川ミサ子(仮名)
相手方 松川康夫(仮名)
主文
本件申立は、これを却下する。
理由
本件申立の要旨は、申立人は結婚以来相手方の女性関係と家族との折合(相手方の弟と同居)等のため気持の休まるひまもなかつた。今までにも相手方の女性関係で家の中で片をつけたこともあり、又姉弟間のことでもめたこともあつたけれども、その都度家の中で解決してきたが、今度申立人も思いあまつて相手方の上司に相手方の女性関係を打ち明け相談したことを相手方に告げたところ、相手方は立腹して強硬に離婚を要求するので、已むなく一時別居するようになつたけれども、三人の子供に及ぼす影響を考えると離婚に踏みきれないから、相手方に対し申立人と同居するよう調停を求めるというのである。
そこで当裁判所は、昭和四二年九月一三日から昭和四三年一一月一二日まで四回に亘り調停委員会を開き、その間家庭裁判所調査官の調整を試みたけれども、当事者間の対立が解けず遂に調停成立するに至らず、事件を審判に移行するの已むなきに至つた次第である。
松川康夫の戸籍謄本に家庭裁判所調査官の調査報告書及び調停委員会の席上における当事者双方の陳述等を考えあわせると、申立人と相手方は、今井文夫の紹介により結婚して昭和二五年一〇月二一日その届出を済し、相手方所有の新潟市○○通○○町○○○○○○○番地所在の家で同棲生活を始め、相手方は○○商事株式会社商事部に勤めて居たこと、夫婦間に昭和二五年一二月一〇日長男博、昭和二八年一〇月三一日二男実、昭和三一年七月三一日長女美子が生まれたものであるが、相手方の帰宅が遅いことから、申立人が相手方の素行に疑問を懐き始めたため夫婦関係がとかく円満を欠き、かねてより双方の感情的疎隔をきたしていたところ、昭和三八年九月頃、申立人が相手方の勤務先の会社社長夫人に相手方の素行につき相談したことがあつたので、これを怒つた相手方は申立人に出て行けと申し、自らも一旦退職したが、間もなく復職して秋田の任地へ単身で赴任したので、申立人は妹を頼つて上京し、家に取り残された三児は初め相手方の母が世話し、次いで相手方の姉細田扶美子夫婦に引き取られ、それぞれ学校に通つて居り、相手方より姉細田扶美子に対し三児の養育費として毎月二万円を送金して居ること、そうして本件紛争の原因は申立人の言うには夫である相手方の不貞(しかしこの事実を確認できる資料は見当らない)が主因であつて、これに対し媒酌人や相手方の父母が相手方を責めることなく申立人にのみ忍従を強いたことにあると主張するのに対し、相手方は申立人の病的嫉妬から非常識な行動に出て相手方を退職させるに至つた等申立人の性格の偏倚が原因であつて、相手方には愛人との関係等なく従つてそのため浪費したり妻子の扶養を怠つたことはないと主張し対立して居ること、申立人は勝気であつて協調性、柔軟性及び社交性に乏しく、相手方の不貞不誠実を強く非難するのみで、夫婦和合についての自己洞察及び具体策が不十分であるのに対し、相手方は対談する場合一見平静にしてそつがないけれども、駈引が多く、経済中心的な考え方が強く、義務には熱心であるが、申立人に対しては夫の仕事に理解がなく、家事にも締りがなく狂気じみている悪妻であるから到底同居に耐えられないので離婚するより外ないと非難して居ることが認められる。
そもそも夫婦はその婚姻中、当事者双方の協議によつて定めた特定の場所において同居すべき義務のあることは、夫婦間の協力義務及び扶助義務とともに夫婦関係の本質的要請に基くものであつて、婚姻の成立と同時に発生し、これが解消するに至るまで継続するものである(民法第七五二条参照)。このように夫婦は相互に同居すべき義務を有することをたてまえとするけれども、これは夫婦関係が通常の状態にあり、相互に夫婦としての信頼関係が維持されて居る場合を前提とするものであつて、本件の如く夫婦間の不和が昂じ当事者の一方より他方に対し同居を拒否し離婚を強く要請するなど夫婦相互間の信頼関係が全く失われ、もはや婚姻を継続し難い重大な事由が認められるような場合には、一般に夫婦が同居生活を続けることを期待し得ないので、少なくともこのような状態の続く限り、当事者の一方より他方に対し同居義務の履行を求めるのは妥当でないと言わねばならない。もつとも夫婦の一方が正当な事由なくして他方の同居を拒んだときは、悪意の遺棄として裁判上の離婚原因となり、或はそれによつて相手方が受けた損害を賠償すべき責を負うべき効果を生ずるけれども、それらのことと上記の事由があることによつて同居義務の履行を求め得ないこととは別個の事柄であつて、別に審理判断の対象とされるべきことであるから、同居請求を否定する審判によつてそれらの責を免れしめるものではない。
以上認定した通り相手方は既に申立人との離婚を決意し、申立人と同居する意思なく、当事者の長男博も申立人が疑い深いので、たとえ申立人と相手方が同居してもうまくいかないと思うと述べて居る(調査当時高校二年生)ところであるから、現状においては、申立人は相手方に対し同居義務の履行を求め得ないといわねばならない。
そうすると本件申立は相当なものでないから却下することとし、主文のように審判する。
(家事審判官 坪谷雄平)